みんなが働きやすく誰もがチェレンジできる職場をつくる|ホームセンター事業部比嘉部長にインタビュー

1973年生まれの45歳。沖縄県立中部工業高等学校(現沖縄県立美来工科高等学校)出身。
アルバイトから社員になり、現在はホームセンター事業部の部長として勤める。年齢関係なく若い人たちにもチャンスをあげられる職場環境を常に考えつくり続けている比嘉部長へ現在の立場としての考えや、経験など語っていただきました。
― 入社のキッカケを教えて下さい
高校を卒業したあと、色々と転々としながら22~23歳に入社しました。入社のきっかけは、求人情報誌をみてコザ店にアルバイトで入りました。当時はコザ店と浦添店のまだ2店舗のみだったのですが、ちょうど事業拡大しようとしているタイミングに入ってきたので、1年後には正社員にしてもらいました。
― 1年後に正社員の話を頂いたのですね。そのとき迷いなどはなかったですか?
いいえ、すんなりです。やっぱり、職場が楽しいからだと思います。同僚や仲間がいて、スタッフがいて。とくにコザ店は、同僚だけでなく、上司ふくめてみな楽しかったですね。もう二十数年経ちますが、その頃の人たちは今も現役でいますよ。
― それだけ職場の雰囲気が良いということですね。仕事でやりがいなども聞かせてください
販売業なので、やはりお客様との接客がやりがいです。そのほかにも仕事で上司にアドバイスを受けたり、結果が出てきて褒められたりすると、ヤル気にもつながっていきましたね。
― 23~24年間の間、大変だった時期もあったのではないかと思います。大変で辞めようと思ったことなどは無かったですか?

正直、自分はそんなことは無かったですね。あえていえば、沖縄あるあるかもしれませんが、仕入れ担当者のバイヤーになったときに本土のメーカーさんと取引する際、県外出張先などで言葉遣いにちょっと苦労しましたね。やりとりする際に知識も必要になってくるので、一生懸命勉強しましたね。
あと、しいていえば、ある程度の立場になってきたときに責任がともなってくるので、業績が悪かったときとかは辛いと思いましたね。でもそれ以上に、仕入れの楽しさとか、沖縄ではまだ販売されていなかったものをいち早く取り扱ってお店に出したりいわゆる目利きみたいなことも、とてもやりがいがありましたね。
― 部長になるまでの経緯を教えて下さい
一般社員のあと、次にサブマネージャーですね。当時は、主任という肩書きで、そこまで上がるのに2~3年くらいでした。サブマネージャーの次がバイヤーになります。バイヤーとしては、家電とかインテリアを担当していました。そのあとは、店舗に戻って店長代理である店次長を1年、そのあと店長を1年。さらに3年後には次長職になり、その数年後に部長に昇進しました。部長になってからは、もう8年ほどになります。
― 30代後半でもう部長になられたのですね! 部下はどれくらいいらっしゃるのですか?

ひとつの店舗で40~50名くらいいましたが、店長のときは30代だったので自分が引っ張っていかなければならないという責任がありましたね。現在部長となってからは、ホームセンター全体で160名くらいを統括しています。
店舗によって、いろんな考え方があるので、当然、間違っていることや正しいことを判断してやっていかなければならないので。また、どちらかだけが正しいとか、またはどちらも正解ではないということもあるので、判断や決断が難しいこともありますね。
― マネージメントの大変なところは、良い悪いとかではなく、その時その時を判断し、決断していくということですね?
どの立場でも、その場での判断とか小さな決断の積み重ねがあります。接客ならその現場で、商品バイヤーであれば仕入れの際に、という感じで少しずつ大きくなっていくのかなと思いますね。基本的には一緒なんだと思います。
ただ、店長のときはその店舗だけで判断できていました。たとえば、A店では安い商品を、B店では高い商品を、それぞれのコンセプトで売っていけば良いのですが、部長職になると全店舗を統括する立場なので、それらを統一することもできるんです。全店舗で同じようなコンセプトで売るかどうかなど、自分の中の指針とか世の中の動きとか状況をよく見たりしながら判断し、決断したりしています。
― どうやってそれを判断するのですか?
県外のほうが早かったり、良いものもありますので、全国のホームセンターの成功事例などをもとに状況をみていったりします。県外とは7割ほどは同じですが、3割地域性なども踏まえて、独自性も出すようにしていますね。
むしろ、以前のほうが店舗独立型で、それぞれ独自性ばかりを出して販売していたのですが、バイヤーと本部が出来てから一括管理していこうとなりました。それぞれメリットやデメリットはあるのですが、全店舗とも7割は同じ方向性で、残り3割で独自性を活かしながらやっています。
それはやはり、北部と南部では客層も求めるものも違いが出てくるので独自性も大事にしています。
― 流通小売業の県内業界の競合他社が何社もあるなかで、ホームセンターさくもとの魅力とは、ズバリ何でしょうか?
「若い人たちにもチャンスをあげられる会社」ですね。若い人に限らず、年齢関係なく、いろんなポジションやチャンスが与えてもらえるので、ヤル気さえあれば、おそらく何でも挑戦できる会社だと思います。
もちろん、ある程度の経験は必要ですが、「自分はコレやりたいです!」と手をあげる人がいれば、どんどん採用して任せていますね。
― なるほど、今は比嘉さんがチャンスを与える側なのですね! 具体的にはどのようにチャンスを与える判断をしているのですか?
本部が全商品を管理していて、その下にバイヤーが分野ごとに管理しているので、売り場のスタッフに「自分ならこういう商品を売りたい!」と思っても権限は少ないんですよ。ですが、当然、意見は拾い上げていきますので、よりお客様の満足度が高まるとか、より売れるのではとか、自分でもチャレンジしてみたいということで手があがれば、任せています。
それが仮に失敗したとしても構わないんです。そこでもし成功すれば、全店舗同じようなかたちで販売していきますし。そのことが評価され、次にはバイヤー職を任せられるかもしれないですしね。
またもし失敗した場合は、軌道修正すれば良いんです。小回りが利くので、本土のホームセンターにはなかなか真似できないことだと思います。本土のほうは店舗数も多くて小回りが効きにくいですし、バイヤーや本部の方針が強いですからね。それに比べると、うちは自由度が高いですし、チャンスが多いといえます。
― 若い人への接し方とか、どのようにされているのですか?

とにかく、よく話を聞きます。まぁ、若い人には若い人なりのいろんな意見はあると思うので、それは理屈が通っているのかとか、まずはよく話を聞くようにしています。
あと自分も経験してきたことですが、売り場では小さなことから大きなことまでいろんな悩みを抱えているかと思うので、それを聞いてあげることからですね。とくに女性スタッフの悩みは聞いてあげるだけでも変わってきますし、会話の中で解決することもありますね。
― これからの若い人たちに向けたメッセージもお願いします。

自分がこの会社で育まれたように、楽しく仕事することですね。1日という長い時間を仕事するわけで、どうせ働くなら楽しく、やりがいを持って働いたほうが良いのではと思います。楽しむコツとしては、もちろんお客様第一も大切なのですが、自分自身が喜べないと仕事は楽しめないので、たとえ自己満足でも構わないので自分を楽しめる人になってほしいですね。それが仕事への継続につながります。
今後は中国など海外への商品買い付けも行う予定です。若い人も海外事業を経験できるチャンスが充分あります。まずは一緒に働いてみませんか。
プロフィール
氏名:比嘉 正孝(ひが まさたか)
年齢:45歳(1973年生まれ)
出身地:沖縄市安慶田
出身校:(最終学歴)沖縄県立中部工業高等学校卒(現沖縄県立美来工科高等学校)
趣味:サッカー観戦
特技:ランニング
血液型:A型
年齢:45歳(1973年生まれ)
出身地:沖縄市安慶田
出身校:(最終学歴)沖縄県立中部工業高等学校卒(現沖縄県立美来工科高等学校)
趣味:サッカー観戦
特技:ランニング
血液型:A型
【株式会社佐久本工機】
HP:http://sakumoto.co.jp/
事業内容:ホームセンター・DIY
土木建設機械販売&レンタル
産業機械器具販売&レンタル
各種機械の保守及び整備
各種イベントの企画、立案、機材のレンタル
スーパーハウスの製造・販売
住所: 〒901-2131 沖縄県浦添市牧港1丁目61番18号
TEL:098-877-2483
設立 :昭和35年(1960年)